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町のいま・むかし⑮「川内村出身大学生の声」

町のいま・むかし⑮「川内村出身大学生の声」

今回は川内村出身の大学生である古内伸幸さんの話です。

古内伸幸
1999年10月15日生まれ
川内村出身

 

○川内小学校

震災前もこの小学校に通っていて、教室で学級会をしている時に、地震が起こりました。
金魚の水槽が大きく揺れていて、「このまま死んでしまうかもしれない。」と机の下で思っていたことが記憶に残っています。
その後、揺れが収まってきてから校庭へと移動し、親の迎えを待っていたのですが、途中から雪が降りだして、それがとても不思議に感じていました。


○自宅
幸い、自宅は地震による被害をほとんど受けなかったので震災当日家の中で過ごせたのですが、余震は続いている状況でした。震災の翌日は揺れによって落ちた食器などの片付けなどがあったのですが、それもすぐ終わってしまい、テレビでもニュースしか流れていなかったのでとても暇でした。
それから数日たったときに「家族から避難するぞ」といわれ親に付いていったものの、なぜ避難するのか理由もわからぬまま、私たちはバスに乗って郡山市のビックパレットふくしまへと移動しました。富岡町民と川内村民が一緒に避難をしたこともあり、避難所の中は人でいっぱいでした。

 

○かわうちの湯


震災前にかわうちの湯を使っていたのは月に1回~2回くらいだったのですが、サウナや、露天風呂など様々なお風呂に浸かれるのを毎回楽しみにしていました。

内装なども震災前とほとんど変わっていないので震災後初めて利用した時は懐かしかったです。

○自分のなかでの大きな出来事
震災後の避難生活でも色々なことがあったのですが、高校進学が一番大きかったと思います。中学2年生の夏が過ぎたあたりから、進路について考え始めたものの、具体的にやりたいこともなく、決められずにいました。そんなとき、新しくできる「ふたば未来学園高校」へと、周りの友人も進学するということを聞いて、私も進学をすることに決めました。
最初の1年は自分たちしかいないということもあり大変でしたが、終わってみるとあっという間の3年間でした。
授業などを通して双葉郡について3年間かけて知り、探求の授業では植物を活用した再生可能エネルギーについて考えたりと様々な経験が出来ました。

○将来について
現時点では、将来川内村のまちづくりに携わっていきたいという気持ちはありますが、それは役場職員としてなのか、それともほかの職業なのだろうか、という迷いがあります。正直、どのような職種があるのかなど知らないことが多いので、大学で学びながらどんな職業に就きたいのか、川内に戻るか戻らないのかを考えていきたいと思います。

 

話を聞いて
今回話を聞いて、彼が川内村に対して持っている思いであったり、昔の思い出を知ることが出来ました。震災から9年が経過しましたが、このタイミングで話を聞くことが出来て本当に良かったと思いました。


この事業は、当団体が福島県「令和元年度福島県避難者・帰還者心の復興事業」の助成金の交付を受けて行っています。


一般社団法人 Bridge for Fukushima
[本部:高校生のためのコミュニティスペース palette]
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