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語り部・久米さんの記事が河北新報に掲載されました。

弊団体のヒューマンツーリズム「かけはしツアー」で南相馬市小高区をご案内いただいておりますNPO法人浮船の里理事長・久米静香さんを、11月5日付河北新報にてご紹介いただきました。
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1125/20131105_01.htm
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以下、河北新報ニュースより転載
請戸(浪江)・小高(南相馬)/汚染、時が止まったまま
陸地に打ち上げられた漁船、1階部分がぶち抜かれた2階建て家屋、折れた電柱、砂浜にボンネットが埋まった車…。
 10月下旬、福島県浪江町の沿岸部、請戸地区に向かった。東日本大震災の津波襲来直後から時が止まったような風景が連なる。
 浪江町では津波による死者・行方不明者が181人、全壊家屋は613棟に上った。宅地や田畑などの跡を外来種セイタカアワダチソウが覆う。福島第1原発事故の放射線を浴びたがれきが野積みにされたままだ。
◎奪われた居住の自由
<異常な世界に>
 福島第1原発から5~6キロ圏内の避難指示解除準備区域。許可車両以外は自由に入れない。立ち入り可能時間も午前9時から午後4時。原発事故がこの地から人影を奪った。
 南相馬市小高区のNPO法人「浮船の里」理事長の久米静香さん(60)に案内してもらった。久米さんがぽつりと言う。「ここでは何の復興もできない。飼い殺しにされているみたいだ」
 多くの人に現状をありのまま見てほしいと、ことし4月、地元の主婦らとNPOを設立。被災地ツアーなどを手掛ける。
 2011年3月11日、久米さんが夫と経営する小高区のアルミ建具会社の事務所兼作業場は津波にのまれた。12日午後、久米さんは事務所を片付け中に「ボン」と爆発音を聞く。南の方角に白い煙が上がっていた。
 その夜、逃げた。現在住む相馬市の借り上げ住宅が6軒目の避難先だ。「普通の生活がない。異常な世界になった」
<資産賠償なし>
 小高区も甚大な津波被害を受けた。津波による死者は147人で、全壊家屋は319棟。
 「戻りたくない。海は嫌だ」。海岸近くの小高区塚原に自宅があった無職小沢明子さん(52)は、南相馬市原町区のみなし仮設住宅の借り上げアパートに入る。自宅は土台も含め一切合切が津波に流された。
 「流失した建物は賠償の対象外」とする東電からは、資産賠償を受けていない。「(建物の一部が残っていると)うそをついて賠償を受ける人もいるのに」と東電担当者に不思議がられた。
 「うそをついてまでお金をもらう気はない」。今は大工の夫の収入が頼り。「頑張るしかない。南相馬で自宅を再建したい」と自らに言い聞かせる。
<消えない憤り>
 再び、浪江町請戸地区に入った。請戸川河口ではサケが時折、水面を飛び跳ねる。
 震災前、東北有数のサケの漁場だった。地元漁協が稚魚を放流し、この時期に水揚げしていた。再放流の見通しは立たず、数年後にサケは姿を消すかもしれない。
 河口まで1キロ弱の請戸橋でサケの魚影を追っていると、南相馬市小高区のホッキ漁師志賀勝明さん(65)に出会った。「賠償は不十分。東電や国は被災者が死ぬのを待っているのか」と思いの丈を語った。
 1985年ごろから、請戸川河口から南側ではホッキ貝が採れなくなった。「冷却用に海水を取水する原発が砂も吸い込むからでは」とみるが、東電は認めていない。原発は廃炉に向かうが「もはやここでホッキが採れても食えるか? 食えないな」。放射能汚染への憤りは消えない。
 志賀さんは憲法改正反対を呼び掛ける「小高9条の会」の会員でもある。「居住の自由を奪ったのが原発事故。人権侵害も甚だしい」。声色が一段と激しくなった。
(報道部・片桐大介)
2013年11月05日火曜日


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