【第2回:渡邉賢太朗(わたなべ けんたろう)】

この春高校を卒業し、中国語を専門的に学ぶために東京の大学へ進学した渡辺賢太朗くん。今は、新聞奨学生として新聞配達の仕事をしながら、大学へ通っています。賢太朗くんが中国に関心を持つきっかけになったのが、BFFの活動に参加したことだったといいます。なぜ中国語を学ぼうと思ったのか、将来はどんなことをしたいのか、聞きました。

―郡山市の高校に通っていたと聞きましたが、そこで、どうやって福島市のBFFと接点をもったのですか。

賢太朗:高校1年生の時に、BFFが行っている日中の高校生の交流事業「あいでみ」のポスターを学校で見たのがきっかけです。高校へ入って、夏休みには別の団体が行っていた海外研修に参加してベラルーシに行きました。それで海外への興味に火がついて。あいでみのポスターを見たときには、正直、「なんだか難しそうだな…」と思いました。その時は中国という国に特別な関心もなくて、悪いイメージも良いイメージもなかったのですが、せっかくのチャンスだし、行ってみようと思いました。

―それが、BFFや中国との出会いだったんですね。他の高校の生徒も多かったと思いますが、そうした学校の外での交流はどうでしたか。

賢太朗:もともと勉強が苦手で、部活ばかりしているような生徒でした。高校もサッカーの推薦で入りましたし。それが、あいでみに参加していた他の学校の子たちは、勉強もできるし、それに加えて部活も、あいでみの活動も一生懸命やっている。だから、まわりとのギャップを埋めるのが大変でした。事前研修を受けるために、週末には郡山から福島へ通っていたのですが、初めは、何を言っているのかすら、理解できませんでした…ロジックに考えることができなかったんです。そもそも、ロジックってどういう意味かもわかりませんでした(笑)だけど、研修を終えて福島から郡山へ帰る電車の中で、その日一日のことを振り返るのがすごく楽しくて。「今日はできなかったけど、次はこういう意見を出そう!」とか。自分が今までやってきたことでは足りなかった、自分も学力をつけなきゃ、知識もつけなきゃって思って、勉強や部活と両立するモチベーションを、仲間たちからもらいました。

―苦手な勉強、頑張れましたか?

賢太朗:成績はすごく上がりましたよ!1年生の最初は、下から数えたほうが早かったくらいなんですが、3年生の時には、いつも上位でした。100人以上はごぼう抜きしました!今も勉強は嫌いだけど、BFFにいると勉強が得意な子もいるので、勉強のやり方とか効率の良い方法とかがわかって、それで成績が上がったのかなと思います。

―それはすごい!BFFの活動だけでなく、学校生活においても、仲間から刺激をもらったんですね。
研修の後、実際に中国に行ってみてどうでしたか。良いイメージも悪いイメージもなかったそうですが、印象は変わりましたか。

賢太朗:実際に交流してみて驚いたのは、自分と同い年くらいの中国の高校生が、日本語も英語も話せることです。1~2年勉強しただけなのに、日本語で会話ができるんですよ。同じ年数を生きてきて、こんなに違うのか!!と思いました。
あいでみには高校1年の時と2年の時と、2回参加したんですが、2年目に、1年目と同じ上海のお土産屋さんに行ったら、お店の人が自分のことを覚えていてくれて、「また来たのか」って、おまけまでしてくれたんです。そのときにすごく温かみを感じて、中国の人も日本人と変わらない、優しい人もいるんだと思いました。それと、これは中国に限ったことではありませんが、海外に行くと、日本はすごく世界からよく見られているんだと感じました。世界って広いけどせまい、海外の人は日本のことをよく知っている。自分たちも、もっとほかの国について知るべきなんじゃないかと思いました。特に中国はすぐ近くの国ですし。自分はこの先ずっと、中国との関わりを持ち続けたいと、漠然と思うようになりました。

―実際のふれあいを通して、中国の人への良い感情や尊敬の気持ちを持つようになった上に、将来も関わっていきたいという気持ちまで生まれたんですね。

賢太朗:実はそれまでは、5歳の時からずっと、将来は陸上自衛隊に入りたいと思っていました。郡山に駐屯地があって、そのイベントを見に行って心をつかまれてしまって。それに、震災の時に働く姿を見て、自分も誰かの命のために働きたいと思っていました。それで、今でも好んで迷彩柄の洋服を着ています(笑)
うちの高校は、2年生以上は単位制になるんですけど、1年の終わりに、大学を目指す人、専門学校を目指す人、就職を目指す人とかそれぞれコースを決めるんです。もともとは自衛隊員になりたかったから就職で希望を出すはずだったんですけど、担任の先生から、「もったいない、私大文系で行け」と言われました。その先生は、最初はあいでみの活動にあまり関心を持ってくれなかったんですが、自分が活動を通して、勉強面も変わっていく姿をちゃんと見てくれていて、だからこそ、そういうことを言ってくれたんだと思います。それで、大学を目指すことになりました。

―自分自身の行動・姿で、周りの人にも変化が生まれたんですね。

賢太朗:自分が通っていたのは、高校の国際科学科というところで、国際的な活動に意欲的だというのが学校のうたい文句だったんです。だけど、震災の後は留学生もいなかったし、チャンスがあってもなんとなく活動しづらいところがありました。あいでみなどの海外活動に参加して、自分だけではなくまわりのみんなにもそういう機会を生かしてほしいと思ったので、声をかけてみたんですけど、そのせいで周りの友達に距離を取られてしまうこともあって…「お前は優秀だから」「お前は自分たちとは違うから」と。だけど、実際に自分が積極的に活動する姿や、勉強もして成績が上がっていったことで、全然知らない後輩や生徒に、「中国の活動してるんですよね?」「研修ってどうですか?」って声をかけられるようになりました。自分の行動がきっかけになって、そういう活動に参加しやすい雰囲気が作れたかなと思います。後輩たちにも、自分と同じようにチャンスを生かして、充実した学校生活を送ってほしいなと思います。

―どの大学へ進むかや、大学で何を学ぶかは、どうやって決めたのですか。

賢太朗:中国語を専門的に学ぶことができて、少数で、いい先生がそろっていて、自分に合いそうだと思って、大東文化大学を第一志望にしました。ほかにも、先生から「せっかく受験できるチャンスがあるんだから」と言われて、別の大学の推薦入試なども受けました。高校に入った時には、まさか自分が受験するとは思ってもみなかった大学も受けました。結果は残念だったんですけど、でも今振り返れば、もともと第一志望だった、この大学に来ることになっていたんじゃないかなと思います。親は進路希望が変わっても応援してくれましたが、中国語という言語だけを専門的に学ぶことに関して、少し不安に思った部分もあったようです。中国語を学んで、そのあとどうするのかと。たしかにそうですよね、経済学とか、将来仕事に生かせるような学問を専門的に学んで、中国語はそれにプラスで勉強すればいいんじゃないか。だけど、自分はとにかく、ひたすら中国語という言語を学びたかったんです。

―将来も、中国語を生かして働きたいと考えているんですか。

賢太朗:将来は、母校にもどって中国語を教えたいと考えています。推薦入試を受けるときに、その準備として、自分の高校の生徒を対象に、中国に対してどんなイメージを持っているかアンケート調査を行いました。8~9割はいいイメージを持っていなくて、中には韓国や北朝鮮と混同してしまっている生徒もいました。隣の国のことなのに、こんなに知らないってヤバいですよね。自分は、あいでみの活動を通して中国という国のことを知って、関心を持ちました。だから今度は、自分が中国語を教えて、言葉を学ぶことを通して中国に関心を持ち、どんな国なのか、どんな人たちがいるのか自分で調べてみる、という生徒を育ててみたいです。

―素敵な目標ですね。そのために大学へ進むにあたって、新聞奨学生という道を選んだのはどうしてですか。

賢太朗:経済的なこともありますが、楽な道を進むのが嫌なんです。本当は楽に生きたいけど、絶対後悔する。だから、常に茨の道を進むようにしているんです。それに、大学生になったらどうせバイトはするじゃないですか。だから、新聞配達も一緒かなって。たしかに、不自由を感じる部分もあるかもしれないけど、自分は外で遊ぶよりも家で一人で過ごすのが好きだし、暇な時間はないほうがいいですからね!だけど、朝刊に加えて夕刊も配達するとなると、自分の取りたい授業が受けられなくなってしまうので、職場の人に相談して、夕刊の配達は無しにしてもらいました。職場の人から見ると、自分は仕事を覚えるのが早いみたいで、通常よりも早く、一人での配達を任されています。そういうところを評価してくれて、特別に免除してくれたみたいです。きっと、これまでの活動で培った観察力が生きてるんだと思います。どうやったら早くできるか、効率よくできるか、人のやり方を観察する。これまでやってきたことが自然と生きている気がします。
大学では、自分が勉強する理由を決して忘れずに過ごしていかなきゃと思っています!

―勉強にしても仕事にしても、まわりの人の良いところを自分に取り入れることができているんですね。
最後に、これから何かしたいと思っている高校生にメッセージをお願いします。

賢太朗:妥協するな!選択するときに一歩引くのは違う。常に新しい道を進む、常に挑戦することで、自分の知らなかった自分自身の可能性が見えてきます!今の自分に満足していないなら、見えない道を歩いたらいいんじゃない?

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■ 編集後記
金髪に迷彩柄というやや派手な外見とは裏腹に、「人見知りで一人で家にいるのが好き」だという彼は、物怖じしない強気な性格なのかなと思いきや繊細なところもあり、硬派かと思えば最近は好きなアイドルもいるという、ギャップがたくさんある人でした。しかしどの話をしていても感じたのは、誠実で真面目で、優しい人柄でした。素敵な大人たちとの出会いから彼が影響を受けたのと同じように、彼もまたこれから多くの人に影響を与える大人になるのだろうなと思わずにはいられません。(I.S)
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